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婚活心理学
蛙化現象の深層解析〜大人のための愛のレッスン 婚活心理学Vol.11
【はじめに】
第一印象は良かった。プロフィールの条件も合っていた。最初に見たときは「この人かもしれない!」と思った──けれど、実際に会って、デートの回数を重ねてみると、なぜか一瞬で気持ちが冷めてしまった。そんな経験はありませんか?
「蛙化現象(かえるかげんしょう)」は、相手に対する興味や好意が突然消えてしまう心理的な現象です。婚活中の多くの人が、この“急冷”を経験しています。恋愛の始まりではなく、現実的な結婚相手を探しているからこそ、理想と現実のギャップに直面しやすくなるのです。
今回は、アラサー・アラフォー世代の婚活者の視点から、蛙化現象がなぜ起こるのか、どう向き合えばいいのかを一緒に考えていきたいと思います。
再定義すると、「蛙化現象」──それは、婚活という現場で多くの人が直面する“心の反応”のひとつです。理想的な出会いを夢見ながらも、実際に会ってみると違和感や拒否感が急に湧き上がる。その正体を知らずに戸惑い、関係が途切れてしまうケースも少なくありません。なぜ蛙化が起きると関係を絶ってしまいたいのか?大事なポイントはここですよね。
「なぜ、自分は急に冷めてしまったのか?」「あの感覚は何だったのか?」そして改善方は?──そんな疑問に応えるヒントを、心理学や哲学の視点も交えながら丁寧に考えていきたいと思います。
【内容】
第1章:蛙化現象とは何か──「王子様がカエルに戻る」その瞬間
第2章:なぜ急に「無理」になるのか──心理学的メカニズム
第3章:「好き」と「無理」のあいだで──婚活中の蛙化が意味するもの
第4章:Z世代の「蛙化」と大人の「蛙化」──何が違うのか?
第5章:“カエル”を飼いならす方法──蛙化と向き合う7つの知恵
第6章:「愛するとは、誰かに居場所を与えること」──蛙化の先にあるもの
【第1章】蛙化現象とは何か──「王子様がカエルに戻る」その瞬間
蛙化現象とは、一見すると良い印象を持っていた相手に対して、ある瞬間から急に嫌悪感や違和感を抱いてしまう心理的反応のことです。婚活の現場においては、条件やプロフィール上は魅力的に映っていた相手に、実際に会ったり、やりとりを重ねたりするなかで、突如として「この人は無理かもしれない」と心が拒否反応を示すことがあります。
この言葉の語源は、グリム童話『かえるの王さま』に由来しています。物語ではカエルが王子様へと変身しますが、現代の「蛙化現象」はむしろその逆で、最初は「理想の王子様(あるいは理想のパートナー)」に見えていた相手が、ある瞬間にカエルのように見えてしまう──そんな感覚に例えられています。
セクシャリティが介在
心理学者ブルーノ・ベッテルハイムは著書『昔話の深層』の中で、この物語を「思春期における性嫌悪や成熟への葛藤」を象徴したものと読み解きました。王女はカエルに対して最初強い嫌悪を示しますが、それは彼女自身の内面にある“性的な未知”への拒否とも取れます。ところが、彼女がカエルを受け入れたとき、それが王子へと変わる。つまり、嫌悪と欲望は表裏一体であり、受容の過程にこそ変容の鍵があるとベッテルハイムは示唆しています。
現代の蛙化現象も、まさにこの構造と共通します。異性の中にある「人間的な部分」「生々しさ」──あきらかにセクシャリティが介在している──に触れた瞬間、それを受け入れられずに拒絶が起こる。しかしそれは、真の親密さへと踏み出す前段階でもあるのです。そう考えると、蛙化とは“拒絶する自分”を通じて、本当の成熟や愛への入り口に立っているサインとして捉えることができたかもしれません。
婚活中の30代・40代にも浸透
この現象は恋愛初期に限った話ではなく、30代・40代の婚活者にも広く見られます。恋愛感情よりも現実的な条件や人柄を見ようとする真剣な婚活だからこそ、些細な言動や雰囲気のズレが決定的な違和感に繋がることがあります。そのため蛙化現象は、「本気で結婚を考えているからこそ生まれる感覚」とも言えるのです。
元々はZ世代のネットスラングとして広まりましたが、現代の恋愛事情を象徴する現象として注目されています。しかもこれは若者だけの話ではありません。実は婚活中の30代、40代の男女にも、蛙化は静かに、しかし深刻に起きているのです。
【第2章】なぜ急に「無理」になるのか──心理学的メカニズム
蛙化は気まぐれな心変わりではありません。そこには、いくつかの心理的力学が潜んでいます。まず注目すべきは、アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガー(Leon Festinger)が1957年に提唱した「認知的不協和(Cognitive Dissonance)」の理論です。
この理論によると、人は自分の中に矛盾した認知(=考え、信念、態度など)が存在すると、強い不快感や緊張状態を覚えます。そして、その不協和を減らすために、どちらかの認知を修正するか、矛盾を合理化しようとする心理的メカニズムが働くとされます。
認知的不協和の理論
婚活の場面においては、例えば「私は自分に自信がない」という自己認知がある一方で、「魅力的な相手が自分を好いてくれている」という現実が目の前に現れると、認知的不協和が生じます。この不一致を解消しようとするとき、「この人が私を好きだなんておかしい」「見る目がないのでは?」といった形で、相手への評価を下げる方向に働いてしまうことがあります。結果として、好意が一気に嫌悪に変わるのです。
つまり蛙化現象は、「矛盾する認知がもたらす不快感」から逃れようとする心の調整機能として説明することができます。
自己肯定感が低い人ほど、「こんな自分を好きになるなんておかしい」と無意識に感じてしまいます。これはエーリッヒ・フロムが指摘するように、「愛されることへの恐れ」の一形態であり、愛されることで自己像が崩れてしまう怖さを示しているのです。
投影が起きている
さらに、「理想と現実のギャップ」も要因の一つです。C・G・ユングが述べたように、人は他者に自分の無意識(シャドウ)を投影します。その投影された理想像が、現実の些細な振る舞い──たとえばクチャクチャ音を立てて食べる癖──によって破られたとき、人は強烈な失望を味わいます。
完璧主義者ほど、このギャップは耐え難いものです。とくに「特別な愛」「唯一無二の関係性」を求める傾向が強い女性は、普通の愛、平凡な愛、凡庸な愛には耐えられないという気質を持っていることがあります。「この人となら穏やかな結婚生活を築けそう」という安定よりも、「この人じゃなきゃ無理」「この人となら人生を変えられる」といった強い感情的な結びつきを理想とするのです。
そうした気質を持つ人にとって、現実の人間関係には必ず付きまとう“ちょっとしたズレ”や“人間臭さ”が、愛の幻想を脅かすものとして感じられます。そしてその瞬間に、理想が崩れるような落差が生じてしまうのです。
【第3章】「好き」と「無理」のあいだで──婚活中の蛙化が意味するもの
婚活市場では、この蛙化現象がしばしば致命的な影響を及ぼします。せっかくのご縁も、たった一言、たった一挙動で終わってしまうことが少なくありません。相手に違和感を覚えた瞬間、それが“決定的な無理”として処理されてしまうのです。
相手が悪い(被害者の視点)
「プロフィールは完璧。話も合う。条件も申し分ない。でも、食事中のマナーを見て一瞬で冷めた」
そう語る婚活女性は少なくありません。しかし、これは単なる気まぐれや“気分屋”の現象ではありません。多くの場合、相手に過度な理想を投影してしまい、その幻想が崩れた瞬間に強烈な反動として嫌悪感が湧き上がるのです。問題は、この「冷めた感覚」を毎回“相手のせい”だと考えてしまい、自分の中の投影や完璧主義、愛に対する過度な幻想には気づかないまま、出会いのたびに同じことを繰り返してしまうことにあります。
そして問題は、こうした違和感や拒絶の原因を常に“相手側にある”と信じて疑わない姿勢にあります。結果として、出会いのたびに少しでも気に入らない点を見つけては候補者を切り捨て、次から次へと出会い続けてしまう──。そんなサイクルを繰り返すうちに、知らず知らずのうちに婚活疲労に陥り、最終的には「もう誰とも会いたくない」「結婚そのものを諦めたい」と感じるまでになってしまう方も多いのです。
自分に気づきを
相手の欠点に敏感になること自体は悪いことではありません。ただ、繰り返される蛙化の裏には、“自分の中の理想”や“関係性への恐れ”といった無自覚な要因が潜んでいる可能性があります。
この悪循環は、心の疲労だけでなく、「婚活そのものへの絶望感」につながることもあります。たとえば、「どうして私はいつも途中で嫌になるんだろう」「私に会う人はもうどこにもいない」と自分を責めてしまい、やがて結婚という未来そのものを諦めてしまう──。そんな相談を受けることが、現場では決して珍しくありません。
だからこそ、一度立ち止まって「なぜ毎回こうなるのか?」を丁寧に見つめることが重要なのです。
ソクラテスは「人間とは何か」を問いましたが、現代の婚活においては、「私にとって理想の結婚相手とは、どんな人なのか」という問いへとすり替わっているように見えます。そして、その理想像がきちんとした理由ではなく、“直感”や“なんとなくの違和感”で塗り固められていることも少なくありません。
期待と幻滅はセットでやってくる
たとえば「もっと男らしい人がいい」「会話がスマートじゃない」「食べ方が気になる」といった違和感は、一つひとつは些細なことですが、自分の中にある“理想のパートナー像”に少しでもそぐわないと、すぐに「この人じゃない」と判断してしまう傾向があります。
その結果、関係を育てる前に切ってしまう。まだ相手を深く知る前の段階で判断してしまう。こうした繰り返しが、出会いの質を下げ、婚活自体に疲れてしまう原因にもなっているのです。
問題は、理想の定義が他者を本当に理解しようとする営みではなく、“自己投影された理想のパーツ集”になっていることにあります。人間そのものを問う哲学的な姿勢ではなく、理想像に人を当てはめることで安心を得ようとする心理が働くと、現実の人間関係の揺らぎや矛盾を受け入れる余白がなくなります。
その結果、少しでも理想から外れる相手には“愛着”や“関心”ではなく、“拒絶”や“見切り”の感情が早々に湧いてしまう。この現象の背景には、豊かさの中で育ち、理想主義が過剰になった現代の恋愛観や婚活観、そして不安を抱える自己を守ろうとする深層心理があるのです。
あなたが過去に「無理」と感じた瞬間、それは“どんな理想”が崩れた瞬間だったでしょうか?「なぜ」ではなく「何が」自分にとって大切だったのか、掘り下げてみると良いでしょう。
【第4章】Z世代の「蛙化」と大人の「蛙化」──何が違うのか?
蛙化現象という言葉は、Z世代を中心にSNSで流行しました。彼らにとって恋愛とは、「合わなければ次に行けばいい」という選択の自由が前提にある文化的営みです。TikTokなどでは「彼氏がフードコートでキョロキョロしていて無理になった」などの“蛙化あるある”がネタとして大量に消費され、その失望さえコンテンツ化されていきます。
Z世代の蛙化
このような蛙化は、自己肯定感が高く、選択肢が豊富にあるというZ世代特有の恋愛観が背景にあります。「ちょっとした違和感は、我慢するものではなく、自己防衛のサイン」として、即座に判断されるのです。恋愛は“感情を共有する遊び”であり、違和感は“ストレス要因”として排除されやすくなる。そのスピード感こそ、Z世代の恋愛スタイルの象徴でもあります。
一方で、アラサー・アラフォー世代の婚活者にとって、蛙化はもっと重く、切実な現象です。出会いのチャンスそのものが希少であり、かつ「この人で最後かもしれない」という焦りや現実的なプレッシャーもあります。その中で生じる違和感は、簡単に切り捨てることができません。むしろ「見逃そう」「気のせいかも」と無理をしてしまい、その結果、蓄積された違和感がある日突然、感情の爆発を引き起こします。
大人の蛙化
つまり、大人の蛙化は“感情の抑圧の末に起きる決壊”であり、それゆえにダメージも深くなります。「どうしてこんなに我慢したのに、うまくいかないのだろう」という虚無感や、「本気で向き合ったからこそ傷つく」という喪失感がつきまといます。
Z世代の蛙化が“自由な選択”の結果であるのに対し、大人の蛙化は“誠実な関係性の構築”への願いが破綻したときに起こる苦しみです。そこには「本当はうまくいきたかった」「関係を育てたかった」という深い希望が存在しており、それが反転したときの失望はとても大きなものになります。
この違いは、単なる世代間ギャップではありません。むしろ、愛に対する“態度の違い”とも言えるでしょう。気軽に出会い、気軽に切れる時代のZ世代。一方で、人生を共にする相手を本気で探している大人たち。どちらの蛙化も、それぞれの立場での“真剣さ”から生まれているのです。
”まだ愛したい”心のあかし
だからこそ、大人の蛙化は否定されるべきものではありません。むしろ、愛することの難しさに向き合っているからこそ生まれる、尊い違和感なのです。それは“まだ愛したい”という心のあかしであり、成熟への入り口でもあります。
Z世代の「すぐに切る勇気」も、大人の「すぐに切れない誠実さ」も、どちらも現代の愛のあり方を照らし出しています。ただ、大人の私たちには、もう一歩踏み込む力が求められています。なぜなら、パートナーシップとは一過性の恋愛ではなく、人生そのものを支える“関係性の技術”だからです。
蛙化とは、出会いの終わりではなく、成熟した愛の学びの入り口なのです。
【第5章】“カエル”を飼いならす方法──蛙化と向き合う7つの知恵
婚活中にふと訪れる「なんか無理かも…」という感覚。その裏には、無意識の不安や自己評価の低さ、相手への投影、理想と現実のギャップ、そして「愛されること」への恐れが隠れているかもしれません。
この章では、蛙化現象をただの“恋の終わり”として処理するのではなく、自分自身と対話するチャンスとして捉える7つの知恵をご紹介します。
- 1. 自分がなぜ冷めたのかを具体的に言葉にする力。
- 2. 相手に投影した理想像をはがし、等身大の相手を見る目。
- 3. 愛されることに不安を抱く自分を優しく受け止める視点。
- 4. 自己肯定感を育てる日々の習慣。
- 5. 恋を急がず、段階的に育てていく関係の築き方。
- 6. 違和感を率直に、丁寧に伝える対話力。
- 7. それでも無理なとき、自分の直感を信じる勇気。
蛙化を通して深まる“自分を知る旅”に、一緒に出かけてみましょう。
1. ”なぜ自分は冷めたのか?” を言語化しましょう。
ここが出発点です。「なんとなく無理だった」「生理的にダメだった」と済ませずに、できるだけ言葉にしてみましょう。たとえば「相手の言葉遣いが馴れ馴れしく感じた」「自分に興味を持たれたことで居心地が悪くなった」など、きっかけを具体化していくうちに、自分でも気づいていなかった感情の層が見えてくることがあります。
このプロセスは、蛙化現象を“相手の欠点”として処理するのではなく、自分の内面の反応を見つめる機会に変える作業です。言語化することで、「自分がどういう場面で違和感を抱きやすいのか」「どういう関係性に恐れを感じているのか」など、自分の恋愛・婚活における“癖”や“パターン”が明らかになっていきます。
それは同時に、自己理解の第一歩でもあり、婚活疲れや出会いの繰り返しに終止符を打つための鍵にもなります。
2. 投影を自覚し、理想像ではなく「現実のその人」と向き合いましょう。
婚活の場では、相手をよく知る前から「理想のパートナー像」を当てはめてしまうことがあります。会話や雰囲気から自分の理想と重ねてしまい、少しでもズレが見えると一気に冷めてしまう──これは無意識の“投影”による反応です。
投影に気づくことで、「これは相手の問題というより、自分の理想像とのズレだったのかもしれない」と立ち止まる余裕が生まれます。相手の現実の姿を見るという視点が、蛙化を避ける第一歩になるのです。
3. 「愛されることが怖い自分」に気づきましょう。
婚活での蛙化現象には、実は「愛されること」そのものへの無意識の恐れが関係していることがあります。誰かに本気で好かれるということは、心の奥深くにある“自分像”を揺さぶる出来事です。自己肯定感が低いと、「こんな自分が受け入れられるはずがない」「この人はきっと私を見誤っている」といった不協和を覚え、結果として相手への拒絶反応を引き起こしてしまうのです。
心理学者エーリッヒ・フロムは、愛されることには「信じる勇気」が必要だと語っています。蛙化という反応の奥には、「愛される価値がある自分」を受け入れられない心の防衛反応があるのかもしれません。その自分に気づき、優しく寄り添うことから、関係の質は少しずつ変わり始めます。
4. 自己肯定感を高める習慣を身につけましょう。
蛙化現象が繰り返される背景には、「こんな自分が愛されるはずがない」「この人はきっと私を勘違いしている」といった、根深い自己不信が潜んでいることがあります。その不信感が、相手の好意を素直に受け取れず、むしろ拒絶という形で表れてしまうのです。
この悪循環を断ち切るには、「自分には愛される価値がある」という感覚を、日常の中で少しずつ取り戻していくことが大切です。そのためには、日記を通して自分の気持ちを言葉にしたり、毎日小さな成功体験──たとえば時間通りに起きる、感謝を言葉にする、机の上を整える──などを積み重ねることが有効です。
こうした習慣を持つことで、自分の中に安心感と安定感が育ち、「誰かの好意を疑わずに受け取れる土台」が築かれていきます。自己肯定感は、恋愛や婚活の入り口で必要な“内なる信頼”を支える最も基本的な力なのです。
5. 恋の進め方を変え、すぐに恋人にならず、段階的に近づく方法を試してみましょう。
蛙化現象が起きやすい人ほど、出会ってすぐに感情が高ぶりやすく、関係も急速に深めがちです。しかし、最初の高揚感が落ち着いた瞬間、期待していたイメージと現実のギャップが露呈し、「無理かも」と拒絶反応に変わることがあります。
そのため、あえて「知人→友人→関係候補」というようにステップを踏み、焦らずに距離を縮めていくことが効果的です。最初から「恋人候補」として相手を見ず、「この人はどんな人生観を持っているんだろう?」と探るような姿勢で関わると、気持ちの高低差に振り回されにくくなります。
また、連絡の頻度や会うペースも、自分の心がついていける範囲で調整して構いません。恋の進め方を“ゆっくり育てる型”に変えるだけで、蛙化の引き金になる過剰な期待やプレッシャーは大きく減らせるのです。
6. 違和感を対話で伝えるスキルを育てましょう。
蛙化現象が起きたとき、多くの人は「なぜこんなに冷めてしまったのか」「どうして嫌悪感を抱いたのか」と戸惑いながらも、その理由を相手に伝えずに関係を断ってしまいます。しかし、こうした違和感こそ、対話によって乗り越えられる可能性があるのです。
たとえば「その言い方がちょっと急で戸惑いました」とか、「もう少しペースをゆっくりにできたら嬉しいです」といったように、自分の気持ちや感覚を率直に言葉にすることで、相手も軌道修正するチャンスを得られます。
ポイントは、“相手を責める”のではなく、“自分の内側に起きたこと”を静かに伝えることです。
このスキルは、すぐに身につくものではありませんが、練習を重ねれば誰でも育てることができます。伝える勇気を持つことで、見えていなかった相手の誠実さや思いやりに気づくこともありますし、「嫌だったから終わり」ではなく「違和感を共有し、理解し合える関係」へと育てていく道が拓けるのです。
7. それでも無理なときは、“違和感のセンサー”を信じる勇気も大切にしましょう。
どれだけ自己理解を深め、対話を重ねても、それでもなお「やっぱり無理かもしれない」と感じる瞬間があります。そのとき、自分を責めすぎないことがとても大切です。
私たちの内面には、言語化しきれない“違和感センサー”のような直感が備わっています。理屈では説明できないけれど、身体や感情が「このまま進むのは違う」と教えてくれることがあります。
この感覚を無視しすぎると、関係の中で自分をすり減らしてしまう恐れもあります。だからこそ、真剣に相手と向き合った末の「違和感」には、自分の感性を信じる姿勢が必要です。
大切なのは、「逃げ」ではなく「判断」として引き返すという選択。成熟した大人の婚活だからこそ、自分の感覚に誠実であることが、最終的に納得のいく出会いにつながるのです。
【第6章】「愛するとは、誰かに居場所を与えること」──蛙化の先にあるもの
エーリッヒ・フロムはこう述べています。
愛は、技術であり、成熟の証である。
この言葉は、彼の代表作『愛するということ(The Art of Loving)』(1956年)に記された一節であり、愛をただの感情や衝動ではなく、人間としての成熟と努力によって育まれる“技術”として捉える視点を示しています。
私見では、この言葉の重要性は語り尽くせません。なぜなら、日本文化においては、男女の愛や人間関係の親密性はしばしば「自然に生まれるもの」「おのずとなるもの」とされがちだからです。これは、“愛とは努力しなくても自然に湧き上がるもの”という無意識の自然主義的前提が、私たちの恋愛観や結婚観の底流にあるということです。
殆どのカップルがデッドゾーンのまま終焉を迎える
その結果、関係性に深い努力や技術を持ち込むことは、どこか「不自然」あるいは「愛が冷めた証」のように誤解されやすくなっています。しかし現実には、その“自然”を信じすぎたがゆえに、関係が停滞しても修復の努力をせず、デッドゾーン(死んだような心の状態)に陥ったまま何十年も夫婦関係を続ける例も多く見られます。そして、夫の定年退職を機に離婚へ至る、あるいは互いに諦めの境地で口もきかず、どちらかが亡くなるのを静かに待つ──そんな熟年夫婦の姿も、決して珍しくないのです。
こうした現象は、愛が“自然にうまくいくもの”という幻想がもたらす負の側面です。だからこそ、フロムの「愛は技術である」という一言は、私たちの恋愛と結婚の常識を根底から問い直す、非常にラディカルで希望に満ちた宣言でもあるのです。
フロムはそこに真っ向から異を唱えます。彼にとって、愛とは自然発生的な感情ではなく、むしろ意志と鍛錬を必要とする行為です。「成熟した人格によってのみ真に愛することができる」という主張は、私たちの“自然に任せる恋愛観”を根底から揺さぶります。
愛の維持にはメンテナンスが必要
この言葉を入り口として、蛙化という現象を“愛における技術未熟な段階でのつまずき”として捉え直すことで、見えてくるものは大きく変わるのです。
フロムはこの著作の中で、「真の愛とは、理解・配慮・尊重・責任を伴う行為であり、それは学ばれ、鍛えられるものだ」と語っています。つまり、愛は“誰かと自然にうまくいくもの”ではなく、“誰かと向き合いながら、自分自身も変化し、成長していく行為”なのです。
この視点に立てば、蛙化現象は愛の否定ではなく、「技術を学び始めた初期段階の戸惑い」と見ることができます。違和感や拒絶感情をどう扱うか、その手つきを磨いていくことこそが、大人の愛に至る道だとフロムは教えてくれているのです。
この言葉が示すように、愛するという行為は、ただ感情に身を委ねることではなく、「他者の存在を尊重しながら、関係を育てていく力」そのものです。それは、理解力・共感力・忍耐力・表現力といった、人間関係における総合的な“成熟の技術”によって成り立っています。
蛙化は愛の未成熟さゆえの試練
蛙化とは、そうした愛の技術をまだ身につけていない状態──あるいは、それを身につけようとする途上で生まれる“試練”なのかもしれません。理想と現実がぶつかった瞬間、自分の中で感情が急冷する。それは「愛の終わり」ではなく、「愛の入り口で立ち止まっている状態」だと捉えることもできるのです。
「どうして嫌だったのか」「なぜ受け入れられなかったのか」──そう問い直す姿勢こそが、感情に支配されず、関係に責任を持てる成熟の第一歩です。拒絶という感情も、自己防衛ではなく、自分の“感受性の強さ”が働いている証。だからこそ、その違和感を正しく受け止め、自分自身を理解するための素材として扱ってみましょう。
蛙化とは、あなたの心が“本物の愛”に出会おうとしている証拠です。無意識の拒絶に押し流されず、そこに含まれた問いと真摯に向き合うことで、あなた自身の中にある「愛する力」もまた、静かに育ち始めていくのです。
【結び】
パートナーシップは、一過性のロマンスではなく、関係性の“技術”です。そしてその技術とは、一朝一夕で身につくものではありません。
「分かり合えない」「違和感がある」「何かが噛み合わない」と感じたその瞬間に、逃げるのではなく、自分自身の感受性と向き合い、相手と対話しながら少しずつ歩み寄ること──それこそが、大人のパートナーシップの本質です。
愛を育むにはレッスンが必要
第5章で紹介した7つの知恵は、蛙化現象を単なる“拒絶”として処理するのではなく、それを“愛する力を育てるための道しるべ”として捉え直すためのレッスンです。
パートナーシップとは、他者と一緒に生きるという、人生における最も繊細で、かつ創造的な営みです。だからこそ難しく、だからこそ挑む価値がある。出会っては別れ、迷いながらも学び続けるなかで、私たちは少しずつ「愛するとはどういうことか」を知っていきます。
蛙化現象に直面したとき、自分を責める必要はありません。むしろそれは、愛に対して誠実だからこそ起きる反応なのです。理想と現実のギャップ、親密さへの不安、自己肯定感の揺らぎ──それらすべてを抱えながら、それでも誰かと共に生きようとする。その姿勢こそが、成熟した愛への第一歩です。
内なる蛙を見捨てるか、抱きしめるか
愛とは、関係性の中で「あなたはここにいていい」と伝え続けること。
そしてそれは、人生の終わりに遺る、たったひとつの贈り物になるかもしれません!
蛙化現象は、恋を終わらせる呪いではありません。
むしろ、”本物の愛が始まる前兆”なのかもしれません。
その内なるカエルを見捨てるのか、抱きしめるのか──決めるのは、あなた自身です。
(婚活メンター・ひろ)
「蛙化が起きたのは、相手のレベルが低くて、イケてなかったから!」「理想の相手に出会えていれば、蛙化なんて起きませんよ。」
——ネットを見ていたら、こんな“アドバイス”をする自称・専門家を見かけて、思わず目を疑ってしまいました。
婚活の現場でも、「善い人に巡り逢えさえすれば、私は結婚できる」と信じて、出会いを重ねる方は少なくありません。でも実は、私たちの内側に潜む“恐れ”や“疑い”、無意識の“フレーム”こそが、愛を遠ざけているブレーキになっていることもあるのです。
そのブレーキの存在に気づき、少しずつ手放していくこと——それこそが、成熟した愛へのパスポートになるのではないでしょうか。
長い人生の中で、婚活は自分自身を見つめ直し、“裸の自分”と向き合う、またとないチャンスでもあります。
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